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●No,51
「感情のチェック」で陥る錯覚
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「感情のチェック」を始めると、何度か「感情が治まる」といった体験を誰もがします。
ま、当然と言えば当然ですが・・・。 すると、何かの「資格」でも取ったような気持ちになり、「特別な人間」にでもなったかのように感じることがあります。 と言っても誰もがそうなる訳ではありませんが・・・。 確かに、「感情のチェック」によって、揺れる自分の感情を静めるという経験は、単に感情を抑えることと違って、「感情そのもの」の原因を発見することにより、「結果として」静まっていくので、まるで「湯上りのような気分」のようにサッパリとした気持ちになります。 これは1度でも経験した人なら分かります。 ホントに「湯上り気分」なんです。 しかし、こんな人間としてはあたりまえのことが何回か出来ただけで、自分が今までと違って「凄く」なったような錯覚に陥るのは、それこそ「感情のチェック」で見えてくる「自我」が原因なのです。 つまり、成長した自分を客観的に見れなくなってきた証拠だと言っても過言ではないでしょう。 自分を客観視できなくなってきたということは、つまり「感情のチェック」はストップしている筈です。 「感情のチェック」は、続けていく内に自分の心の奥にあって、今までは気付けなかった「欲求」(或いは「自我」による「欲求」)が見えてくるのですが、「成長した自分」を冷静に見つめ、素直に誉めてあげるなら問題はないでしょうが、「慢心」した場合は、「冷静さを欠いた」状態なので、客観視を前提とした「感情のチェック」が進められる筈がありません。 つまり、「感情のチェック」が出来てる自分を凄いと思った時点で、今度は「プラスの感情のチェック」をすればいい訳です。 こんな風に続けていく内に自然と「感情のチェック」は習慣となる筈です。 |
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minorin(08/03)
瀧(01/09)
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