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●No,29
感情をチェックすることの難しさ 〜自己責任の原則
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私は若い頃、とても感情的でした。
今の自分が振り返ってみても嫌になるほど、感情的な人間でした。 しかし、当時私はその感情を何とかする事は考えず、ひたすらそんな自分を正当化していたのです。 人から理解して欲しいという思いが強く、常に人に対して「求める気持ち」が強かったのだと思います。 そして、求める気持ちを満足させてもらえることがないために苦しんでいたのです。 しかしそんな心の状態が、自分の意思でどうにかなるなどとは考えてもいませんでした。 「感情のチェック」を始めるまでは・・・。 というより、自分の理性の働きに気付くまでは。 「感情のチェック」・・・ そうなんです! 「今の感情を何とかしたい」と思ったからこそ出て来た発想なんです! そして、以外にも「感情のチェック」は、奥が深かったんです。 つまり、ある「方程式」のようなものをひとつ作ったとしても、そのまんまは他の出来事では通用しないのです。 もちろん、基本が理解出来ていれば、後は「応用」すればいいでしょう、ということになるのは分っていますが、この「応用」が数学のようにはいかないんです。 やはり感情の問題となると、人は冷静ではいられないんですね。 どうしても、どこかで「自分は悪くない」といった気持ちで感情をチェックするもんだから、肝心なところが見えて来なくなるんですね。 重要なところは、「早く脱したい!」と思っている感情をチェックする際、間違ってもしていけないのは、「他人や環境の所為にすること」です。 寧ろ「自分」に原因を求める方向で考えることが大切です。 これを「自己責任の原則」と言います。 つまり・・・ そもそも、「一刻も早く脱け出したい感情」は他人のものではありません。 あたりまえです。 つまり・・・ 「一刻も早く脱け出したい感情」が自分のものであるなら、その原因は「自分」にあるのです。 え?分らない? では、更に詳しく説明します。 私が言っているのは、「原因と結果」の流れなんです。 例えば、コスモスの花を咲かせたかったら、コスモスの種を土に植えますよね? 間違っても、アサガオの種を植えたりはしないですよね? つまり、「結果」は「コスモスの花が咲く」で、その「原因」は「コスモスの種を蒔く」です。 ということは、「ある感情が動いた」のは「感情を動かす原因が自分にある」ということなんです。 実は、ここでよーく間違える人がいるんです。 「ある感情が動いたのは、あいつが言った言葉が原因だ!」 といった具合に。 確かに、ある意味で原因です。 しかし、あくまでも「直接原因」であって、つまり、「感情が動くきっかけ」であって、「感情が動いた原因」ではないんです。 分りやすく言うと、例えば「太ってる」という言葉を誰かに言うとします。 もし、その言葉をダイエットしなきゃと思っている人に言ったら、きっとショックを受けるでしょうね。 でも、中には「太っている事が幸せ」だと思っている人もいます。 その人にとっては「太っている」という言葉は、安心できる言葉になります。 つまり、「感情そのものの原因」は直接原因である「太っている」といった言葉そのものではなく、「太っているという言葉を気にしている自分」なのだという事なんです。 ですから、何故気にしているのか?といったところから探っていけばいいんです。 原因は・・・少なくとも「自分の感情が揺れた原因」は「自分」にあるんです。 ここんところを理解しないと、「感情のチェック」は間違った方向に行ってしまいます。 |
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