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●No,17
個性の輝きとは
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前回の話から、「個性」というものを薄く感じる人もいらっしゃるかも知れないので、ここで「個性」についてお話したいと思います。
個性を大切にする人の中には、いや、大切にというよりも、主張する人と言った方がいいのかも知れませんが、そういう人の中には個性と「自我(エゴ)」を混同していると思える人がいるように思えます。 ある人の個性が素晴らしいと言える為には、少なくともその人が、自分自身を客観視出来ていなければいけません。 何故なら、自分のことが(自分の良さが)分っていなければならないからです。 自分の魅力というものは、自分を客観視出来て初めて分る事なんです。 中には自信過剰の人がいて、「俺ってスゲー!」「私って綺麗!!」などと思って、実際それを主張している人もいると思います。もちろん、表向きはそのように振舞わずに。 しかし、所詮自我の強い人の個性は、他の(自我の強い)個性とぶつかり合ってしまって、お世辞にも、美しいと言えるハーモニーは創られることはないでしょうね。 そもそも芝居に限らず、どの世界も、様々な個性を活かさない限り、充分な結果は生まれないと思うのです。 どの世界であっても、主張ばかりする人が多いところは、当然まとまりがなく、仕事もいい結果がでるとは到底思えません。 やはり、多くの、特に芸術・芸能関係の人たちは「個性」を取り違えているのではないかと思うのです。 「個性」の素晴らしさは、やはり素直になって自分を客観的に見つめる事の出来る人でなければ見つけることは出来ないと思います。 例えば、美しくて広い庭園をイメージしてみて下さい。 そこには、いく種類の植物、花たちがいますか? そして、それらはそれぞれに美しく、全体として見ると、それぞれとは違った、調和された美しさを放ってはいないでしょうか。 もし、そのように観る事が出来たのなら、それこそが「個性」と「調和」を兼ね備えた「美しさ」であると言えるのです。 今の例えで「自我」を個性と捉えている話をしましょう。 例えば、庭園の中に、様々な種類の花を植えた花壇があったとしましょう。 その中に赤いバラが咲いていたとします。 そのバラがもし周りに対して、「お前ら目立つんじゃねーぞ!俺様を引き立たせろ!でなきゃ、俺と同じ赤いバラになれ!!!」と言っているとしたらどうですか? そこには色々な花々が奏でるハーモニーがある筈なのに、赤いバラばかり目立ってしまい、面白みがなくなるように感じる筈です。 ですから言っているんです。 本当の個性の輝きは、「全体の中の個性」にこそあって、自己主張ばかりする人に、本来の個性の素晴らしさは分らないでしょう。 「個性」とは、その個性があること自体で素晴らしいのです。 ですから、ことさらに個性を主張する必要性はなくなり、「全体の中の個性」であることが「個性の輝き」となるのです。 そうなるためには、より自分を知る事が必要であり、そして「感情のチェック」により「自分の心の傾向性」を見付けることが重要となるのです。 *文中に「赤いバラだけが目立っても意味がない」と受け取れる内容がありますが、ここでは、様々な個性の輝きが創り出すハーモニーの話をしているのであって、決して「赤いバラや、一種類だけの花壇などを否定しているわけではありません。 |
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sayuri
たきさん。お久しぶりです。
このブログ、 とても興味深く排見させていただいてます!
☆--瀧(管理人)より--
瀧
sayuriちゃん久し振り!!
いつも読んで下さっているんですね、 ありがとうございます!! これからも何かありましたら、どんどんコメントお願いします。 反論でも構いませんよ!
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